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先輩の声

ケータイを使った安否確認システムの開発で得た、プロジェクトリーダーとしての自信。和泉梨紗子 初めて経験する本格的なプレゼン

「今回のシステムの開発主体となる、携帯電話グループのシステム会社様には、以前、1年半ほど常駐していたことがありました。このときは電話会社の社内システムの開発に参加したのですが、プロジェクトを終え会社に戻るときに、何かあれば連絡をください、とお伝えしていたんです。そうしたら本当に、安否確認システムのコンペの話をいただきました」話が来た2006年8月、和泉は早速先方に出向き、システム概要のヒアリングを行った。先方の構想は、災害が発生した際に、管理者が会社のサーバから全社員の携帯電話にメールを同報発信。メールには安否を報告するためのURLが記されており、ワンタッチでそこへ飛ぶと、本人や家族の状況・家財の被害・出社可能な時間などを答える5つ程度の質問と選択項目があり、返信状況や回答内容はサーバ側で自動集計される、というもの。さらにこの回答システムは、災害時以外でも会議の招集連絡などに使える利便性の高さも備えていた。入社6年目を迎え、いくつかのシステムでプロジェクトリーダーを務めたこともある和泉だが、今回の安否確認システムは格段に規模の大きなものだった。直属の上司の小原と、さらに常務(取締役)までがバックアップにつき、和泉は約3週間をかけて提案書と見積もりをまとめた。「プレゼンテーションには、私と営業担当者の2人で行きました。こうした本格的なプレゼンテーションを自分で行うのは初めてで、無事終えたときは一段上のステップに上がれたような充実感がありました」和泉はこの提案で、回答を自動集計し円グラフなどで見やすく表示する機能を付け加えた。そしてプレゼンから1週間後、提案内容への評価と、常駐時に築いた信頼関係などから、新しい安否確認システムの開発は和泉たちに任されることになったのである。

上司、先輩との3人体制でスタート

9月上旬のプレゼンから中旬の結果連絡を経て、安否確認システムの開発プロジェクトは9月下旬、いよいよ本格的にスタートした。初期のメンバーは和泉をリーダーに、上司の小原と1年先輩の吉岡。リーダーが一番社歴が若いという異色の構成となった。この3人で要件定義フェーズが進められた。「このシステムには大きく分けて3種類の画面があります。すなわち、安否確認メールの送信や回答の集計を行うサーバ用、メールを受け取る側のケータイ用、そして管理者が外からサーバにアクセスする際のケータイ用です。それぞれの試作画面をもとに要件定義を詰めていくのですが、実際に画面を見ると『こんな機能も入れたい』と、要望が膨らんでいくんですね。その調整に時間がかかり、要件定義を終えたのはスタートから1か月後の10月下旬になっていました」

メンバーの的確な作業に助けられた詳細設計

そして、詳細設計のフェーズに入るとプロジェクトチームの顔ぶれはやや変わり、4人体制となる。上司の小原が本来のマネージメントの仕事に戻る一方で、携帯電話側のシステム設計のため2人のSEが加わった。「機能が増えたことで、詳細設計のドキュメントは最終的に80ページ近いボリュームになってしまいました。大変な作業量ですが、無事に出来上がったのも吉岡先輩が的確に仕事を進めてくれたおかげです。新たに加わった2人のSEも、私が細かく指示を出さなくても必要な作業は率先して進めてくれ、チームの仲間として一体感がありました。振り返ってみると、メンバーの皆に助けられることばかりでしたね」詳細設計は11月半ばから12月下旬にかけて行われ、仕上がったものから順次、製造工程に送られていった。この製造工程では新たに、ネクサスマインド今治営業所の4人のプログラマーが加わり、携帯電話のプログラム作成を担当することになっていた。「携帯電話のアプリケーションを作る技術を持っていたことが、今治営業所に参加を頼んだ一番の理由です。場所は離れていますが、今治営業所が開設されたときのサポートで私も1年半ほど赴任していたので、現場の様子もわかり、そのぶん仕事のしやすさはあったと思います」

自分のプログラミングに時間が取れない!

和泉にとって今回のプロジェクトでの最大の山場は、製造フェーズへ完全に移行した1月に訪れた。和泉はこのシステムでとくに、サーバの集計画面の機能にこだわりがあった。プレゼン段階でもお客様から評価された、円グラフなどでわかりやすく表示する機能で、プログラミングも自分の手で行おうと決めていた。しかし、製造が佳境に入るとプロジェクトリーダーとしての仕事に追われ、自分のプログラミング作業に時間が取れなくなっていった。「今治の4人と、私と吉岡先輩の6人でプログラムの作成にあたっていたのですが、各メンバーからの問い合わせを受けて判断したり、お客様との打ち合わせなどプロジェクト全体のための仕事をしていると、本当にあっという間に1日が終わっていくんです」それでも何とか時間をやりくりし、和泉はプログラムを作り上げていく。ただ、もう一つ問題が残っていた。それはメール送信に付随する機能の一つで、進捗状況を見て誰かに任せようと思っていたのだが、誰の手も空きそうにない。そんな窮状を知り、自分が作ろうと申し出たのが上司の小原だった。「小原さんには、そのときどきでプロジェクトの状況を細かく報告していたので、見るに見かねたのかもしれません。技術者としても豊富な経験のある方ですし、この助っ人は本当に助かりました」2007年2月末、和泉たちが作り上げた安否確認システムは無事リリースされた。この先も修正を加えて安定性や使いやすさを高め、さまざまな企業で導入されていくことになるのだろう。「プログラムを作る作業は、今でもすごく好きです。ただ、今回のような大きなプロジェクトでリーダーを務めたことで、自分のステップアップのためにもリーダー役に軸足を移す時期が来たのかなと感じました」和泉にとって、将来も決して忘れられないプロジェクトになったのは確かなようだ。

profile

【 和泉 梨紗子のプロフィール 】 知り合いのSEから話を聞き、自分に合いそうだと感じて就職活動はIT系一本。入社後は、本社に2年半、今治営業所に1年半、携帯電話グループのシステム会社のお客様先に1年半の常駐などを経て現在に至る。